おかえりびと

シリア、優しさと憎しみの狭間で(後編)

 

※こちら、(後編)です!

長くなり過ぎたので、二編に分けました。先に同タイトル(前編)を読んでくださいです!!

 

〈続き〉

そして三人は席を立ちましたが、僕だけはそのまま座り続け。「なにしてんの? 店を移るぜ」という呼びかけに、僕はブチ切れで反応しまして。「ハァ? ふざけんな! 俺は、ここで食べる。お前らみたいな無礼な連中とは、今後一切関わる気はない。さっさと出て行け!!」と言い放ちました。あの、「美味しそうなのがない」という一言と笑い顔は、僕は今でも鮮明に覚えているほどの、“絶対に許せない!”ものでした。

そして四人用テーブルに一人残った僕は、ウェイターさんの説明の際に良さそうだな、と思っていた2品を注文。先ほどの顛末にまだイライラ気分が残りながら待っていると、料理が2品どころか次から次に出て来る。その数、計7品!!

僕は「あれ、間違えてコース料理でも頼んじゃったかな?」と焦りながらも、出された以上は・・と思い、ガンガン食べまして。量が半端なかったので全て食べ切ることはできませんでしたが、限界ギリギリまで。いやぁ、7品全部、美味かった!!

料理に大満足し、しかし「超高額を請求されたらどうしよう・・」と恐れながらウェイターさんにチェックを依頼。するとウェイターさんは、「お代は、いただかないよ。あなたが遠くの国からはるばる来てくれたことへの、感謝のしるしです。ようこそ、シリアへ」と言ったんですよ!! ビックリ!!

しかしさすがに僕は「ありがたいけど、それはいけないよ。たくさんの美味しい料理を出してもらったし、ちゃんと払うよ」と言いましたが、彼はそれに対し「私は、先ほど席を立った三人に対して、本当に腹が立った。絶対に許せない、殴ってやろうか、と思った。しかし、あなたが残ってくれたことで、私は救われた。だから、私はあなたに恩返しをしたいのです」と・・。僕は正直、泣きそうになりましたよ・・・。それ以上食い下がるのは野暮なので、僕はありがたく、ごちそうになりました。

 

僕は宿に帰り、先ほどの三人とも顔を合わせましたが、その後は一切の会話をせず。向こうからも、話しかけて来ませんでしたし。その代わりに、件のレストランには何度も通い、ウェイターの彼とはますます仲良くなり。もちろん二回目以降は、ちゃんと払いましたよ(笑)。

 

僕は、前半の記事で“世界の縮図のように感じた”と書きました。大げさですけどね。中東の、ムスリム(イスラム教徒)の人たちは本当に純粋で、とことん優しい。「メニューを全て訳せ」なんていう、欧米人からのワガママなオーダーにも、一生懸命に応えてくれる。

しかし、その親切心が仇で返された際の、彼らの怒りは、すさまじいものがあります。これは、彼らが世界中の国々から虐げられ、抱えるに至った深い憎しみの念と、構図がとても似ていると思うのです。彼らは優し過ぎるが上に、騙され、搾取され続けた歴史があります。

 

僕のシリア訪問での最初の都市、アレッポでは、僕がノンビリ歩いていると小学校を発見。元気にはしゃぐ子ども達を門の外から眺めていたところ、先生らしき人から声をかけられ、校内に招かれまして。案内に従い、校舎に入り廊下を歩いていると、壁にはたくさんの絵が貼ってあり(この辺は日本と同じですね)。絵のレベルからして、おそらく低学年生の作品だと思われるのですが、なんとその絵の大半は、戦車がミサイルを撃っているものだったり、爆撃で人が死んでいるものだったり、イスラエル国旗を燃やしているものだったり。友達と花を持っているような、微笑ましい絵もありましたが。

小学生の時点で、「自由に絵を描きなさい」という状況で、ほとんどの生徒が戦争の絵を描くのだ、ということです。これには僕は、強い衝撃を受けました。もちろん、子ども達がそうなるのは、周りの大人の影響でしょう。おそらく子ども達は、家族や学校の教師から、憎むべきは○○国であると、我々はいつかこの恨みを晴らすのだと、物心がついた頃から叩き込まれているのです。

 

シリアの人々が僕に見せてくれた、優しさと、憎しみの対比。

根が深過ぎて、僕にはどうすることもできませんが、こうして実体験を語ることで、皆さんには世界の紛争に興味を持っていただき、平和について改めて考えるきっかけになってほしい、と思います。

 

また、この記事は、欧米人の方々全体を悪く言おうという意図はありません。もちろん世界中に、善い人も悪い人もいます。国籍は関係なく、旅先で現地人の怒りを買うような行いは、絶対にすべきでないです。僕は旅人として、訪問国では人々や文化へのリスペクトの念を、今後も必ず保ち続けたいと思います。

 

ページ上へ