おかえりびと

日本ってフリーセックスなんだろ?〈初めてのインド旅〉後編

 

 

※こちら、〈前編〉に続く〈後編〉です。まだの方は、そちらを先にご覧下さい。

 

インドの鉄道は、面白い。

車内に乗り込むと先ず、目新しい黄色い肌の旅人(私)を、いくつもの目がじっと見つめてくる。大人から子供まで、「この人は何者なんだろう?」という、無言の視線が痛い。

厳然としたカーストに基づいた階級制度の為か、鉄道の車両は等級分けされていて、インド人のなかでは、決して混ざることはないようだ。

「今日は疲れたので、ゆっくり休みたいから1等車」「今日はお金を節約したいので、3等車」とういうことは、あまりないらしい。

 

貧乏バックパッカー旅をしていた私は、ほとんど2、3等車のエアコンなしの車両に乗っていたが、庶民の生活を間近で見ることができ、自らの身分相応でエキサイティングだった。

車窓から太陽が燦燦と照り付ける大地を眺めていると、車内ではどこからともなく歌が聞こえてくる。だんだん歌声が近づいてきて、見ると、盲目の歌手で、乗客からわずかばかりの「バクシーシ(喜捨)」(チップ、布施)をもらいながら歩いている。

この「バクシーシ」という言葉、インドでは挨拶の「ナマステ(こんにちは)」よりも先に覚えてしまう。なぜなら、列車内はもとより、道路上、寺院前、商店前など、どこに行っても「バクシーシ」と言って手を差し出してくる者、このような歌手、物売りなどが次から次へとやってくるからだ。

特に、赤ちゃんをつれた痩せたお母さんから、食べるものがないとのジェスチャーをしながら、バクシーシを求められることがとても多かった。

 

日本での、ホームレスと呼ばれる人たちとは明らかに違う。家族まるごと路上で暮らし、物乞いを家業としている感じである。しかも、その数がものすごく多く街中に溢れている。

そういった者々、一人一人にお金を渡していく人もいれば、まったくもって無視する人もいる。お金をあげるにしても、無視するにしても、追い払うにしても自動的に世の理不尽さを思い知らされる。

「この人と自分との違いって何だろう?」

物乞いの家に生まれ、ずっとこうして生きているのであろうこの人と、日本で何、不自由なく育てられ、彼らにしてみれば一生分の稼ぎ以上のお金をもってプラプラとインドを旅している自分。

こんなことをインドにいる間中、考えさせられる。

 

インドでは盗難が多いようで、当然インド人自身も気を付けている。

鉄道内でも、目を離すと荷物がなくなることは日常茶飯事なのか、自分の荷物をチェーンで巻いて鍵を掛けたりしている。ちょっとトイレに行くときなどは、隣の人に「この荷物を見ておいてくれ」のようなことを言ってから出歩いている。その相手が泥棒!の可能性もあるので、比較的安心できそうな人にお願いしている。

乗り合わせた乗客どうしで会話をしながら、なんとなく小さな運命共同体のような空気が自然と生まれる。お菓子を「どうだ、食べないか」と勧めあったりしている。

外国人である私も、信頼できそうに思ってくれたのか、荷物の番を頼まれたり、お菓子などをもらったりしたことはよくあった。

稀にこういったもらった食べ物に睡眠薬などが入っていて、眠っている間に全て盗まれるということもあるらしいが、疑いはじめたらきりもなく、その都度判断していくしかない。

 

Rをルと発音する(master マスタル、sugar シュガルといった感じ)、慣れないと聞き取りにくいインドなまりの英語でのやりとり。もちろん英語を話せない人もいるのだが、こういう時は何となく通じるものだ。

英語といえば、インド人同士がお互い英語で話していることがよくあり、初めて聞いたときにはびっくりした。大国インドでは、地方によって言語がバラバラで、ヒンディー語よりも英語の方が、より共通語としての役目を果たしているそうだ。

 

適当に決めた、ガイドブックにも載っていない、何にも観光資源のなさそうな普通の駅で降りた。適当な宿を探さなければならないが、必ず見つけられる自信はあった。

駅から少し歩くと、いかにも安そうな○○Hotelと書いてある安宿を見つけた。

 

50ルピー位(当時約250円)のシングルの個室だったが、内側にしか窓がなく、狭く汚い部屋だった。一晩だけ寝れればよいと、そこに決めた。チェックインして暫くすると、そこの宿のオーナーだかマネージャーだか分からないが、管理職風の30歳位の男が、「話がしたい」と声を掛けてきた。

この、なにもない街に降り立った外国人旅行者など数えるほどだろうし、このホテルに来た最初の日本人ではないかと思うので、単純に珍しかったのだろう。チャイをいれてくれて、インドなまりの上手な英語で話しかけてきた。

 

するといきなり、

「日本って、フリーセックスなんだろう?」

その目は真剣で、冗談のかけらも感じられない。脂ぎった、ぎとぎとした欲求不満の塊を抱えているようだ。そういう話をしたいのか。

「う~ん、日本では、結婚前にカップルがセックスをすることは普通かもしれないけど、人によるかな。誰とでも、という意味でのフリーセックスではないかな」と、どうにか答えた。

「インドはどうなの?」

と切り返すと

「結婚するまで、セックスをすることができない」
「結婚相手も親が決める」

と言って、遠くを見つめている。

 

インド人から見れば、日本はセックスに寛容の国に見えるのだろう。

自由な恋愛に、憧れを持っているらしかった。

 

カースト制度のなか、親の決めたお見合いで結婚相手を決め、幸せな家庭を築いているインド人がほとんどのようで、離婚率は、とても低いそうだ。その反面、インドではレイプが多いと聞くが、保守的な性事情と関係もしているようだ。

そんなインドで、特に自由に見える外国人女性が現れると勘違いし、犯罪に走ってしまう者が多いのも容易に想像できる。

女性一人でインドを旅しているバックパッカー(妻のユミコなど)も結構いるが、常に危険と隣り合わせで、その困難さは男の何倍にもなるのではないか。

 

その後、

「お前は仕事をしているのか」

「日本の給料はいくらくらいか」

「物価はどのくらいか」

「ガールフレンドはいるのか」

などなど、矢継ぎ早に質問を受けた。インド人の質問攻撃は、終わることを知らない。

かわいい女性との会話ならばいくらでも続けられるが、この脂ぎった男との会話には、さすがに辟易としてくる。

「街を歩いてくる」

と言って、その場から逃げ出した。

 

(なんだか尻切れトンボですが、今回はここまで。また気がむいたらインド旅編、書きます)

 

現在の、自由に旅することができない状況は、「インドに行きたい!」という想いを強くさせてくれますね。

通常の仕事で、ストレスが貯まっているようなときには、更にストレスがたまるようなインド旅をしたいとは決して思わない。私は、このコロナ騒動で、30年ぶりに“インド行きたいモード”になりました!

そう考えるとこのコロナ騒動も、マイナスばかりではなく、人生の中での貴重な節となる期間を与えてくれているとも捉えられます。

 

インドは、「インドから呼ばれないと行けない」という定説?があるけれども、呼ばれやすいタイミングはあるのかもしれません。

・学生の間
・退職して、無職になったとき
・順風満帆だが、長期(1ヶ月位以上)の休みが取れて、ふと人生について考えてみたいとき

などなど、人生の転機にはインドに呼ばれやすいような。

 

このコロナ騒動が終息し、再び自由に気ままに旅することができるようになった暁には、インドから呼ばれるままに旅をしてみるのもよいかもしれませんね。

その時は、おひとりで行くことを強くお勧めします。一人旅が、インドを楽しむ鍵ではないかな。カップルだと、すぐに別れてしまうか、より強く結ばれるかのどちらかではないかと。友人同士だと、途中で別行動したくなって、結局一人旅になりそう。

 

まあ、そんなこんなトラブルがあることも全部ひっくるめて、インドは懐深く旅人を受け入れてくれるでしょう。

無事に帰国されたら是非、最新インドネタを教えてくださいね!

 

 

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